境内には、

と自然石に刻まれた句碑がある。これは貞享二年(1685)、当時の第三世住職任口(宝誉)上人を訪ねた芭蕉が、再会の喜びを当時の伏見の名物であった桃にことよせて詠じたもの。碑は、文化二年(1805)に建設されたが、地蔵堂は明治維新の鳥羽伏見の戦いで類焼したため、昭和53年(1978)に再建された。
この句には「伏見西岸寺任口上人にあふて」と前書きがある。任口上人は当山の三世住職“重頼門下の俳人”法名は如羊と称し、宗因に連歌・維舟に俳諧を手ほどきされた。晩年、談林の長老としてしたわれた。当山に訪れる客は多く、西鶴や其角、玖也、季吟、意朔ら当時の著名な俳人も多く足をとめた。任口上人は貞享三年(1686)、81歳で示寂し、当山墓地にまつられている。 |